佐々木俊尚
2004/8/7
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「世界の工場」として、「巨大マーケット」として、ビジネス界は中国に熱い視線を投げかけている。しかし、昔から中国進出に苦労した企業は多い。現在ではビジネスのオペレーションに欠かせないITの面でも同様だという(→記事要約
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- 再び盛り上がる中国進出
企業の中国進出に、再びブームが訪れている。従来のように大企業や製造業だけでなく、2000年をまたぐころから、ITベンチャーをはじめとしてさまざまな業種・規模の企業が中国に進出するようになった。その数は1万5000に迫るとされている。
中国ビジネスについて、少し歴史を振り返ってみよう。日本企業の中国進出が本格的に始まったのは、中国政府の改革開放路線が定着してきた1980年代後半からである。だが当時は法も商慣習もまったく異なる社会主義国への進出というハードルは恐ろしく高く、海外進出に日本企業があまり慣れていなかったことも手伝い、失敗に終わったケースが少なくなかった。そして1989年には天安門事件が起き、中国ブームは一気に冷めてしまう。
事件の余波が落ち着いた1990年代半ばには日本企業の対中投資熱は再燃するが、1997年にはアジア通貨危機が勃発(ぼっぱつ)し、対アジア投資自体が抑制される結果となった。現在の中国進出ブームは、通貨危機が去り、アジア各国が力を再び取り戻してきた2000年ごろから続いているといえるだろう。「第3次中国投資ブーム」とでもいえるかもしれない。
- さま変わりする“チャイナ・リスク”
昔に比べると、中国におけるビジネスの状況は大きく変わった。
中国が大きく市場経済へと転換を始めたのは、1980年代である。アジア通貨危機の荒波をくぐり抜ける中で、中国の改革開放路線に対する各国の信頼は揺るぎのないものとなった。2001年12月には世界貿易機構(WTO)への加盟を果たし、前世紀の遺物だった統制経済と完全に決別したのである。
この時期から金融や通信など、従来は国有企業が独占していた業種への外国企業参入が認められるようになり、そして株式市場も登場し、資本主義化に成功して成長を遂げつつある大型国有企業の上場などが始まっている。IT系のベンチャー企業も次々と登場し、莫大(ばくだい)な富を手にした新富裕層も出現した。ここ数年は政府目標を上回る勢いでの経済成長が続いており、スイスの経営開発国際研究所(IMD)が発表した2004年版の世界競争力年鑑では、中国は世界第24位にランキングされた。中国経済のあまりの過熱ぶりに「バブルではないか」という懸念も出ているほどだ。
日本 中国 韓国 台湾 香港 シンガポール
2000年 21 24 29 17 9 2
2001年 23 26 29 16 4 3
2002年 27 28 29 20 13 8
2003年 25 29 37 17 10 4
2004年 23 24 35 12 6 2
表1 世界競争力ランキング(順位)
出所:World Competitiveness Yearbook 2004(IMD)
こうした状況の中で、対中投資のリスクの中身も、大きく変ぼうを遂げている。以前のように、官僚的で閉鎖的な中国人の対応が、日系企業を苦しめるということはない。以前と比べれば、中国経済ははるかに資本主義化され、ソフィストケートされている。
だが一方で、新たな問題も生じつつある。中国を生産拠点に利用するだけでなく、巨大市場ととらえ、10億人市場での商品販売に乗り出した日系企業の多くはなかなか進まない代金回収に苦闘し、次々と現れるコピー商品対策にも手を焼いている。また企業所得税の減免措置など、外資系企業に与えられていたは優遇制度が撤廃の方向に進んでいることも、日系企業の間では大きな不安材料となっている。何しろ相手は大国とはいえ、資本主義への道を歩き出したのはわずか二十数年前のことなのである。そう簡単にリスクがなくなるわけがない。
- 中国拠点におけるIT化の課題
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同時に、中国の現地法人における情報システムの問題も顕在化しつつある。1990年代以降、日本企業のビジネスプロセスそのものがIT化されてきた中で、海外拠点ともネットワークで接続し、さまざまなシステムをグローバルに統合していかなければならなくなってきたからだ。
だが中国拠点のIT化は、同じアジアでもIT先進国である韓国や香港、台湾、シンガポールなどと比べれば、相変わらず甚だしい困難さが続いているといっていい。そもそも「どうやって通信インフラを現地オフィスに整備すればいいのか?」という基礎的なレベルから、つまずいてしまう企業もあるのである。
日本オラクル アジアパシフィック事業開発室から中国オラクルに出向し、上海を拠点に活動している佐藤友朋氏は、「中国でのビジネス経験がなければ、どう対応していいのか途方に暮れてしまう日系企業担当者もいる。相変わらず苦労の連続のようだ」と話す。
日本オラクルではもともと、日本国内に限ってサービスを提供していた。グローバルに展開する多国籍企業であるオラクルは、各国ごとにオラクル現地法人が存在し、各法人が自国内の顧客に製品を提供するというのが原則となっているからだ。日本企業は国内では日本オラクルから製品を購入するが、中国に拠点を作れば、そこでは中国オラクルからサービスの提供を受けなければならない。
だが日本企業の中国進出に関しては、中国という特殊事情に加え、日本企業が高度なサービスを求めていることなど、従来のルールではうまく回らないことが予想された。このため日中のオラクルが協力して、日本法人側が日系企業の顧客に対応し、中国オラクルの支援を行うという体制を作り上げたという。そして日本オラクル・アジアパシフィック事業開発室から6人の日本人スタッフが、中国オラクル日系企業営業部に出向し、上海の事務所に常駐して日本の顧客のサポートに追われているのである。
上海に駐在しているスタッフたちは、日本企業からさまざまな相談を受けている。中国でどのようにして通信インフラを整備すればいいのかという最初の難関から、国境をまたいでデータをどう統合するのかといったシステムの問題。さらには日中の会計制度の違いや著作権侵害への対応、情報漏えいに対する考え方など、多岐にわたっているという。日本オラクル上海スタッフたちの奮闘を見ていくと、そこには日本企業の中国進出の困難さが浮き彫りになってくるようだ。
その中から、今回はその代表的な苦労――人材採用を紹介しよう。
今日的中国人の生き方
ここ数年、日系企業の苦労がますます高まっているのは、いかにして質の良い中国人技術者を確保するのかという難問だという。
中国企業は従来、情報システム部門さえ持っていない企業が多かったから、システム管理ができるようなレベルの技術者は非常に少ない。もちろんITに関する教育熱は非常に高く、優秀な人材は次々と育っている。だがその多くは米国や日本などに海外留学し、帰国せずにそのまま海外企業に就職する道を選ぶのが一般的だ。その方が、圧倒的に給料が高いからである。それでも帰国して就職するという道を選ぶ人もわずかながらいるが、その大半は中国での会社設立を目指す「起業家予備軍」である。
日本オラクル アジアパシフィック事業開発室 佐藤友朋氏
佐藤氏は「日本のように、大手企業に就職して一生を技術者として過ごしたり、ITのスペシャリストを目指すという生き方を選ぶ人はほとんどいない。大半は将来の起業を目指しており、技術の習得はそのステップアップのためだ」と説明する。日本人の「技術者気質」みたいなものを期待すると、肩透かしに終わる可能性が高いということだろう。
そして起業を目指して海外留学から帰国した若手技術者たちは、多くは外資系のIT企業に就職してしまう。そしてこの「外資系企業」には、日系企業は含まれていないという。理由は簡単だ――給料が安く、おまけに決して現地法人のトップに就任できないから。日系企業現地法人の経営者は、日本の本社からの出向者で完全に独占されているのである。
まして、一般の製造業や食品業など、ITユーザーサイドの企業の情報システム部門に入社してくれる可能性は、非常に少ない。ユーザー企業のIT部門は、中国人技術者たちにとってはキャリアパスにならないのだ(肩書きに“マネージャ”と付けば、別かもしれないが)。もちろん、目標地点となることは絶対にない。厳しい話であるが、これが中国IT事情の現実なのである。
- 中国人エンジニアは確保できるか?
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そんな需給の逼迫もあり、中国ではIT技術者の処遇は極めて高い。経験を積んだエンジニアであれば、現地法人の経営幹部やマネージャクラスよりも高い給与が支払われているケースもあるという。
こうした高給の技術者をそれでも探して雇おうという場合、ちゃんと日本企業向けの人材派遣会社というのがある。現時点で3社が存在しているといい、これらの派遣会社とどう交渉するのかが、日系企業の採用担当者の重要な仕事となっているようだ。「これだけの数を採用するから、いい人材も入れてくれ」とあれこれ要求するのである。
一方で、中国には終身雇用制は存在しない。このため人材の流動性もきわめて高い。要するに、次々と転職し、どんどん会社を辞めていってしまうのである。せっかく優秀な人材を採用できても、その人物が来年も在籍してくれている保証は何もないのだ。佐藤氏は「たいていは1年ぐらいで転職していくため、大手企業でも教育プログラムなどは一切用意していないところが多い。教育が無駄な投資になってしまうから」と話す。人材採用に関しては長期的な計画を立てるのも難しく、かなり厳しい状況であるということなのだろう。
次回以降、日本オラクル・アジアパシフィック事業開発室の面々の奮闘ぶりを紹介しながら、中国におけるITのさまざまな難題を見ていきたい。
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