第1回 中国ソフトウェア業界の実力とオフショア開発の勘所
幸地 司
アイコーチ有限会社
2004/9/14
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「オフショア開発」という言葉がよく聞かれるようになってきた。オフショア開発に取り組み、成功したという事例が伝えられる一方、失敗・苦闘の話も漏れ聞く。オフショア開発を成功に導く“コーディネータ”とはどのような存在だろうか?(→記事要約
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- 選択の余地がない中国シフト
ある日、あなたに対して会社の経営陣から次のような通達がありました。
「今年度のIT投資予算のうち、20%を中国オフショア開発で実施することが決まった。そこで、キミが抱えている案件の一部を中国に発注したい。直ちに準備するように」
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今日、会社トップからの指令で、案件の選定がなされるより先に中国オフショア開発の実施が決まっていることがあります。いったん方針が打ち出されると、情報マネージャの意思にかかわらず、青写真だけを頼りに話が進められることもしばしばです。ある日、あなたの案件が突然オフショア開発の対象となるわけです。今後はこのようなことが増えてくるかもしれません。誰も人事(ひとごと)だと笑えない時代になってきました。
この連載記事は、企業の情報化推進プロジェクトに責任を持つ情報マネージャ、あるいは実際の開発現場で常に泥沼のデスマーチに巻き込まれるシステムインテグレータのSEマネージャを対象に企画されたものです。
中国オフショア開発は、いつわが身に降りかかってくるか誰も予想がつきません。本連載記事では、えりすぐりの旬のテーマを中心に、現場でいますぐに役立つ情報が入手できるよう配慮されています。これまで、担当者や特定企業の勘や暗黙知に頼ることの多かった中国オフショア開発の成功の秘訣やスタッフ育成の鍵を分かりやすく全6回に分けて連載します。
ここから学んだことを活用して、ご自身の手でITサービス提供者のプロフェッショナル集団を形成していただければ幸いです。
- オフショア開発の状況
■海外拠点で開発すること
ところで、読者の中には「中国オフショア開発って何?」と疑問に思われる方がいらっしゃるかもしれません。オフショア開発とは何でしょうか?
平たくいうと、オフショア開発とは国内のソフトウェア開発を海外拠点に委託することです。具体的には、オフショア開発の主な受注先としてはインドや中国の企業が挙げられます。ほかにも、韓国やフィリピン、ロシア、東欧諸国などへもオフショア開発が展開されています。
オフショア開発の最大の魅力は、何といっても大幅な原価削減が期待できること。これまでは、システムインテグレータが先駆けとなって、オフショア開発の開拓を担ってきましたが、これからは情報システム部門が自ら海外に乗り出すケースも増えるでしょう。
先行する一部の企業では、海外で採用した現地社員の能力不足が露呈するなど、納期や品質に関するトラブルが少なくありません。それでも、オフショア開発にはこれらの困難を補って余りあるほどの可能性があるわけで、これからも海外拠点の充実がますます加速されていくことでしょう。
■欧米諸国はいち早くBPR/BPOを模索
オフショア開発は、米国を中心とする欧米諸国を発祥とします。もともとは、経費削減などのコストメリットに関係者の注目が集まっていましたが、近年では抜本的な業務改革(BPR/BPO)を伴う新しいビジネス形態として期待されています。米調査会社のMETA Groupによると、オフショア開発は今後2年間20~25%増で成長するとされています。
アジアパシフィックにおいては、特に中国大連の発展が目覚ましく、今後の動向から目を離せない状況にあります。
■日本ではインドと中国が人気を二分
このように、オフショア開発は世界各国で実施されていますが、わが国においてはどのような状況でしょうか。IT業界では、技術や経済の変化によってさまざまなブームが到来しますが、オフショア開発の分野ではインドと中国がその人気を二分しています。
近年では、沖縄県の有利なIT産業振興施策を活用したITアウトソーシングも盛んに展開されています。沖縄では、東京―沖縄間で実施されるソフトウェア分散開発のことも、オフショア開発と呼びます。
中国、インド、あるいは沖縄で繰り広げられるオフショア開発では、プロジェクトの立ち上げから完了までの間に、実にさまざまなドラマがあります。
「オフショア開発への対応は、開発部門だけに任せるべき課題ではない」
「従来の古い開発標準を改めて、UMLを採用したスパイラル型開発モデルを検討せよ」
「品質が約束されない限り、プロジェクトリーダーとしては海外発注を認めない」
「オフショア開発を特別に恐れることはない。本来の正しいシステム開発を実践すれば相手が外国企業であろうともきっと成功するはずだ」
最近、日常的にオフショア開発に関するうわさを耳にします。日本におけるオフショア開発の歴史はまだ浅く、こと中国に関しては、まだ手探りの状態といっていいでしょう。一部からは、中国オフショア開発を悲観する声が聞かれますが、他方数は少ないですが中国オフショア開発の成功事例も出始めています。
このような状況を踏まえて、本連載では主に中国オフショア開発に特化した記事をお届けします。
中国オフショア開発の可能性と問題点
■中国オフショア開発の可能性
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ここからは、日本企業にとっての中国オフショア開発に特化して話を進めます。
まず、中国ITアウトソーシング全般について考えてみましょう。中国へのアウトソーシングビジネスは、大きく2種類に大別されます。
技術者派遣モデル
サービスプロバイダ・モデル
技術者派遣モデルとは、技術者1人当たりの人月単価を定めて、一定期間確保する業種です。研究室のように一定の技術者を確保することから「ラボ」とも呼ばれます。一方、サービスプロバイダ・モデルとは、受託開発や保守運用、さらには付加価値の高い業務サービスを提供する業種のことを指します。現在のサービスプロバイダ・モデルでは、次のような業務が対象となります。
フルアウトソーシングサービス
総務/人事サービス
テクニカルサービス
調査会社
ロジスティクスサービス
コールセンターサービス
……ほか
一般に日本企業になじみが深いのは、前者の技術者派遣モデルです。
しかしながら、現在の中国ソフトウェア業界の人材分布をかんがみると、“均一な人材”を大量に要する対日ITアウトソーシング業務が確立されるのは、もう少し時間がかかりそうな気がします。なぜなら、中国ベンダが一丸となってプロジェクトを推進するには、まだ個人の協調性が成熟しているとはいい難いからです。
その一方で、サービスプロバイダ・モデルは魅力があります。このモデルは、少数精鋭のリーダー層と普通の保守運用要員の組み合わせでも十分に運営が成り立つからです。実際、欧米やインドでは、こちらの方が主流になっています。しばらくは、中国市場の動向に歩調を合わせながら着実に成長を続けるでしょう。
コラム
総務/人事に関するサービスプロバイダ・モデルの事例を1つ紹介します。
2004年7月、人事・給与パッケージで有名なワークスアプリケーションズは、中国系企業とパートナーシップを結び、中国大連にBPO(ビジネスプロセス・アウトソーシング)とASPサービスを提供する合弁会社を設立しました。生産拠点の中国移転に伴い、生産管理ソフトベンダが中国進出する例はよく耳にします。ところが、人事・給与パッケージベンダの中国進出は珍しいといえるでしょう。BPOは大連を中心に盛り上がっており、同社の初年度販売目標は3億円で、5年後に100億円以上を目指しています。なお、この分野では外資系企業が先行しています。
一足先に中国進出を果たした製造業では、国際的なサプライチェーン・マネジメントシステムを軸にして、経済レベルの上位国でルール作りを行い、下位国では生産を行いつつマーケットを形成していくことが成長モデルとなっています。
将来的には、わが国のソフトウェア業界でも、単純な受託案件を中国オフショアで開発するだけではなく、自社製品を中国市場で販売したり、他製品と連携させるなどさまざまな可能性を探りながら展開していくべきでしょう。
■中国オフショア開発の問題点
大規模プロジェクトを通じて大幅な原価削減を図る際には、中国オフショア開発は大きな魅力があります。しかし、単に費用削減を狙った中国オフショア開発では、期待どおりの効果が上がらないこともあります。
近年、加熱気味の中国シフトに対して、各方面からさまざまな警告がなされています。最悪の場合、中国人社員の定着率の悪さから、事業継続が困難になるという事態が発生します。以下に代表的な問題点を4つ挙げます。
セキュリティや知的財産の侵害
納期遅延、開発予算超過
言葉や文化の違いによる感情のあつれき
生産性の著しい低下
日本企業の取り組み
■中国オフショア開発をちゅうちょする声
最近では、中国オフショア開発を重要な経営戦略の一環として認識して、企業トップが自らその推進に当たる会社が増えています。しかしながら、関係者の多くは、中国オフショア開発への疑問を抱きつつ、仕方なくトップに追随しているように感じられます。
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欧米の顧客がソフトウェア開発を国外に委託するのは、海外の安い人材を利用して本国のソフトウェアパッケージ製品に生かすのが主な目的です。それに加えて、一般的なソフトウェアの委託開発と異なり、完成した製品の知的財産権は顧客にあるのも魅力の1つだといわれてきました。これにより、欧米企業では、社員1人1人がオフショア開発の利益を十分に理解したうえで行動してきたといわれます。
ところが、国内のオフショア開発関係者は上記とは違った意見を持ちます。
「何度も何度もやりとりをして要件を伝えたのに、出来上がったものは想像したものと少しずれてしまう」
「バグを直しても、直しても、少しだけ残ってしまう」
「拡張性、移植性、セキュリティ面の考慮が足りないまま、完成させてしまう」
はっきりいって、「分かっちゃいるけどオフショア開発はご勘弁」というのが現場を預かる情報マネージャの本音です。オフショア開発推進チームのモチベーションが上がらない原因の1つがここにあります。
■エンジニアのいい分
日本企業が社内で最初に中国オフショア開発の可能性を検討する際、一般には組織横断的な人事を断行し、複数の部署から人をかき集めて専門の検討チームを結成します。ところが実際には、専任で中国オフショア開発の推進を担う者は少なく、ほとんどは元の部署の“本業”と兼務しています。つまり、忙しい間を縫って“片手間”で対応することになります。
このような状況下でオフショア開発推進の会議を開催しても、参加者から発せられる言葉は少し寂しいものになってしまいます。
「例の○×案件がトラブって、社内アンケートを集計する時間がありませんでした」
「雑誌◇△のコピーをお配りします」(自分は動かず、コピー資料を配布するだけ)
でも、彼らは決して保身のために中国オフショア開発を避けているのではありません。自分が楽をするために情報マネージャの仕事を邪魔したいわけでもありません。
彼らは日常の運用業務を滞らせるわけにはいきませんし、お客が望む最高のサービスを提供するよう常に心掛けています。情報システム部門の性質上、自分たちが提供するITサービスの品質を一定以上に保つためのリスクヘッジは絶対に欠かせません。そのエンジニア魂が結果としてオフショア開発推進の抵抗勢力となってしまうのです。
こんなときに、中国オフショア開発の重要性を認識している情報マネージャは、どのような言葉をかけてあげればよいでしょうか? オフショア開発が生み出すメリットを担当者1人1人に分かりやすく伝えるにはどうすればよいでしょうか。
あなたの周りでも、このような声が聞こえてきませんか。
「うちの会社は仕様変更が多いから、中国オフショア開発はしばらく無理ですよ」
「自分は忙しい、なぜ私が中国ベンダの面倒を見なければならないのか?」
「結局、中国は安かろう悪かろうの世界ですよね」
「……」
- 変化するシステム開発のスタイル
米国とインドとの間に始まったオフショア開発は、着実に日本にも浸透しつつあります。昨年のSARS騒動が鎮静化した2004年の夏、中国ソフトウェア業界は活況を取り戻しました。
その結果、企業にとって中国オフショア開発は単なるブームから、生き残りをかけた重要な企業戦略の1つとして位置付けられるようになりました。残念ながら、ユーザー企業もシステムインテグレータも、中国シフトの波から逃れられるすべはありません。
中国オフショア開発のプロジェクト管理技術が進歩することにより、近い将来には、システム開発のコストが大幅に削減され、優秀な人材が大量に安く導入できるような時代がやって来ることでしょう。
これまで特定の情報システム分野だけしか知らない、あるいは、レガシー技術に頼ってきた技術者にとっては、苦難の時代がやって来ます。新しい技術や能力を身に付けなければ、市場からそっぽを向かれてしまいます。
一般の情報スタッフにとって受難の時代がもうそこまでやって来ています。情報マネージャのあなたは、どのように対処すればよいでしょうか。
中国オフショア開発時代に求められる情報部門スタッフ
■異文化コミュニケーション能力
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全国の技術者求人情報を欠かさずチェックしていると、情報スタッフに対する期待がおおよそ把握できます。結論を先に述べると、日本人情報スタッフの仕事が急激に減ることはしばらくあり得ません。
幸い私たち日本人技術者は、外国籍技術者と比べて、顧客の希望や要求を察する感度が非常に優れています。また、日本固有の「あうんの呼吸」文化は、外国産パッケージ製品や海外オフショア開発にとって、高い参入障壁となってきました。最近はその弊害がよく指摘されますが、これらは長年私たちがはぐくんできた歴史・文化に基づく結果なので、特に恥じることはありません。
ただし、これからの情報スタッフには、外国籍技術者といかにうまく付き合うかという異文化コミュニケーション能力が求められるようになるでしょう。その先導を切るのが、情報マネージャ/SEマネージャ自身であることはいうまでもありません。
■中国オフショア全盛時代に求められる成功の2カ条
中国オフショア開発の機運が高まるにつれて、企業トップや情報マネージャは、従来の開発手法や慣習を見直さなければ、生き残れないという危機感を強く持つようになりました。
システムの利用者、情報システム部門、ならびに中国のベンダを含むビジネスパートナーが互いにメリットを享受できるWin-Win体制の構築を急がなければなりません。さもなければ、経営者や株主のIT投資への不信感はますます強くなっていく一方です。私たちがうまく対応できなければ、IT産業は結果的にゼネコン業界の後塵を拝することになりかねません。
バブル崩壊以降、経済の停滞による厳しい現実が日本企業の目の前に突き付けられています。これから真剣に中国オフショア開発に取り組んでいくためには、下記の2カ条に従うことが必須条件です。
トップによる明確なコスト削減目標と情報マネージャの正義感
利用者、情報システム部門、およびビジネスパートナーを巻き込んだ、中国オフショア開発スタッフの育成(中国オフショア開発コーディネータ)
中国オフショア開発をスタートさせる際、初めにやるべきことは、「何を」達成すべきかという事業目的を明確にすることです。ここでは、トップダウンによる強力な推進機能と、情報マネージャのコミットメントが問われます。
次に重要なのが「どのように」やるかの標準ガイドラインを設定して、関係者全員が合意すること。ここでは、中国オフショア開発スタッフが中心となって、次のような事業基盤を構築します。
中国オフショア開発の標準プラットフォーム構築
プロジェクトマネジメント手法の構築
チェンジマネジメント手法の構築
見積もり評価支援
コンポーネント/フレームワーク活用支援
このような新しい情報スタッフの育成に関しては、情報システム部門だけではなく、ビジネスパートナーや専門のコンサルタントを交えて、利用者のための強いシステム構築コミュニティを形成していくことが望ましいと考えています。
- 戦略遂行としてのオフショア開発
企業の中国オフショア開発への関心は、単なる興味レベルからこれを前提に企業戦略を策定するレベルにまで発展しています。これからの情報マネージャは、海外担当部署と歩調を合わせながら、本社機能の重要な一部として戦略的に行動することが求められます。そこでは、従来のように大手システムインテグレータに開発案件を丸投げするといった機能はすでに成り立たなくなってきています。
情報マネージャの多くは、中国オフショア開発の将来性を評価する一方で、実際にはどう始めるか、どうスタッフを育成するのか、具体的なアイデアに乏しいのではないでしょうか。これから中国オフショア開発を推進する情報マネージャは、部下やビジネスパートナーの持つ中国オフショア開発への不安や不満を十分に理解することがとても大切になってきます。
中国オフショア開発の導入は、企業にとって大きな変化を伴います。
世の中の流れから、いまが変革を実行するまたとないタイミングではないでしょうか。そのためには、変革のプロセスをできる限りシンプルにしていく必要があります。変革の中では得する者もいれば既得権益を失う者もいますが、最も多いのは損得どころか変革の意味さえ分からない者でしょう。
そのため高い理念を持つ「教義」はもちろん重要ですが、「南無阿弥陀仏」のように実行プロセスを分かりやすくすることも大変重要になってきます。この連載記事が、その役割の一端を担うことになるでしょう。
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