Saturday, January 01, 2005

第4回 コストマネジメントは「時は金なり」でうまくいく

第4回 コストマネジメントは「時は金なり」でうまくいく

杦岡充宏(スカイライトコンサルティング)
2004/8/18

 前回(「第3回 タイムマネジメントは急がば回れ」)は、プロジェクトの推進に欠かせないタイムマネジメントについて解説した。タイムマネジメントをきちんとしようと思うと、マネジメント側にもある程度の負荷が発生する。しかしながら、やるべきことをやるべきタイミングでやらなかったため、後で取り返しのつかない事態に発展した悲しい事例も多いのではないだろうか。やるべきことを地道に日々行うこと。一見遠回りなようであるがこれがタイムマネジメントの極意ともいえるであろう。

 今回は前回同様プロジェクトの推進には欠かせないコストマネジメントの勘所を解説する。それではまず、PMBOK(Project Management Body Of Knowledge)におけるコストマネジメントの定義を確認しておこう。

■コストマネジメントとは

 コストマネジメントとは、承認された予算内でプロジェクトを完了させることを目的とし、前回までのマネジメント領域と同様、「Plan-Do-See-Action」のサイクルになっている。つまり、プロジェクト期間中、コスト見積もりは常に見直され、最新の状態に保たれていなければならない。PMBOKでは、コストマネジメントは以下の4つのプロセスから構成されている。

コストマネジメント
のプロセス 主要成果物 説明
資源計画 必要資源量 機器など物理的にどのくらいの資源が必要かを決定する。
コスト積算(見積もり) コスト見積もりなど プロジェクトの完成費に必要な資源の予想コストの合計。
予算設定(時系列配分) コストベースライン(時系列予算配分) コスト実績を管理するために時系列に予算を配分したもの。
コスト管理 改定コスト見積もり 進ちょく度を測定し、コスト見積もりの変更管理を行う
表1 PMBOKにおけるコストマネジメント

 コストマネジメントとは、考え方自体はそれほど難しいものではない。成果物とタスクから必要な人員や機器などの資源を洗い出し、そこから必要な金額を計画する。そしてその計画どおりにプロジェクトを完了させるよう働き掛けていくことである。しかし多くの方が経験しているのではないかと思うが、スケジュール同様、当初計画どおりの予算で終了させることは難しい。特にプロジェクトの規模が大きくなればなるほど困難になるのである。

 これは当然のことであろう。そもそも計画を立てる時点では、何をどのように作るかも固まっておらず、全体が見通せない場合も多い。このような見えない状態で正確にいくら必要になるかを導き出すことは困難である。しかし、見えないからといって精度の低い見積りではプロジェクトが予算超過に陥る恐れがある。即ち、計画時点の精度はプロジェクトの成功に大きく影響するのである。

 いい換えれば、全体を見通すことができれば、精度の高い見積もりが可能になり、プロジェクトを成功に導く可能性が高くなるということである。

 それではどうすれば全体を見通せるようになるのか。実践的な勘所についてケーススタディを通じて紹介することにしよう。

■経験を活用する

 あなたの部署にはほぼ時を同じくして始まった2つのプロジェクトがある。

 2つのプロジェクトはともに、WBS(Work Breakdown Structure)を定義し、プロジェクトスケジュールを作成しながらコスト見積もりを行っている。2人のマネージャは、ともにこれまで経験したことのない技術環境を用いるとのことでコストの見積りに頭を悩まされているようだ。2人の様子をのぞいてみることにしよう。

矢見雲マネージャの発言
  「困ったなあ。開発とテスト要員はどれくらい必要なのだろうか。必要なハードウェアもよく分からんなあ」
「うーん、俺の経験からするとこんなものかなあ。やっぱこういうときは“エイヤっ”しかないよな」
「まあ、この規模だとこんなものだろう。よし、できた!」

出来杉マネージャの発言
  「困ったなあ。開発とテスト要員はどれくらい必要なのだろうか。必要なハードウェアもよく分からんなあ」
「社内に似たようなプロジェクトを経験した者はいないだろうか。よし先輩と同僚に聞いてみることにしよう」
「おっ、早速同期からメールで返信があった。ちょうど同じようなプロジェクトをやったことがあるらしい。私が作った見積りを見てもらうようお願いしよう」

 コストを見積もるときに、よりどころとなるのは「経験」であろう。幸運にも以前に類したプロジェクトを経験していれば、プロジェクト期間中に必要なタスク、成果物、発生するイベントなども予想できるので容易に見積もりが可能である。しかし、システム開発でいえば、クライアントごとに要件・仕様の大きく異なることが多く、未経験のプロジェクトにアサインされるという経験をした方も多いことであろう。そんな場合どうすればよいのか。

 上でいう「経験」とは個人の経験だけでなく組織の経験を活用することも含んでいることに留意してほしい。あなたには経験がなくても上司や同僚、または他部署では経験しているかもしれない。場合によっては、外部ベンダから情報を収集することも有効である。このような経験者・有識者の知見を活用する・しないによって、大きく結果は変わってくる。

 上の例で出来杉マネージャは、「先輩・同僚に聞いてみよう」としているが、組織として過去のプロジェクト情報を共有・活用できる仕組みがあることが望ましい。もし貴方の企業・部署が個人の経験にのみ頼って他人の経験を活用できる仕組み・風土がないようであればぜひ「組織としての経験」を活用できるようにすることをお勧めする。

参考までに弊社で行っている主な取り組みを以下に紹介しておく。

各コンサルタントがどのような経験・スキルを有しているかを把握する「スキルDB(データベース)」の活用
全プロジェクトの計画成果物や実行成果物を共有する「ナレッジマネジメントシステム」の活用
文書だけでは見えない実際のノウハウを補うための「プロジェクト勉強会」の実施
 重要なことは、見えないままでの見積もりを避けることであり、自分の知らないことは知っている人に聞いて見えるようにすることである。また、このことは、多くの経験を積み自己のスキルに自信があるベテランほどおろそかになりがちなので注意が必要であることを付記しておく。

■計画は努力目標ではなくコミットするもの

 プロジェクトによっては、初めから予算とスコープがすでに決められていることも多い。その決定段階において現場が加わることが望ましいのだが、残念ながら現場のあずかり知らぬところで決められていることも多いのではないだろうか。そしてその場合には、実現不可能な低予算と広範なスコープという悲劇がもれなく付いてくることもまれではない。

 このような場合、プロジェクトマネージャが取るべき対処法についてケースを通じて考えてみることにしよう。

 今回の案件は、顧客の都合で予算の上限が2000万円と決められており、実現すべき機能も大枠固まっている。これは顧客と営業サイドではほぼ合意に達しているようだ。しかし、現場サイドで検証したところ50%の予算超過が予想される結果となった。そして、あなたの部署のマネージャ2人が対応策を考えることになった。

矢見雲マネージャの発言
  「この予算でこのスコープは厳しいなあ。とてもじゃないけど無理だよ」
「顧客と再交渉して予算上乗せかスコープを一部カットできれば一番望ましいので、その交渉をお願いできないか」
営業の発言
  「それは無理です。できたら苦労はしません」
矢見雲マネージャの発言
  「どう少なく見ても設計までに10人月、開発テストを考えると30人月は必要だから最低3000万円は必要だよ」
「よし、どこまで下げられるか分からんが、開発の部分は安い協力会社を探して人件費を下げてみるか」
「これで2000万円を超えた分はメンバーの数を減らして、残ったメンバーに兼務という形で掛け持ちをお願いして頑張ってもらおう」
「2000万円で収まるかどうか分からんが、これでやってみるしかないな」
営業の発言
  「じゃあ、よろしくお願いします」

出来杉マネージャの発言
  「この予算でこのスコープは厳しいなあ。とてもじゃないけど無理だよ」
「顧客と再交渉して予算上乗せかスコープを一部カットできれば一番望ましいので、その交渉をお願いできないか」
営業の発言
  「それは無理です。できたら苦労はしません」
出来杉マネージャの発言
  「開発サイドでできることは、開発の部分を協力会社に外注して人件費を下げることくらいだ。これでどこまで下がるか至急見積りを出すが、それでも2000万円は超えるだろう」
「その場合、納品する成果物(ドキュメント)を減らすことと顧客との役割見直しの交渉をお願いしたい。テストやマニュアル作成、データ移行など顧客サイドでできることを洗い出すので、それらを顧客側で担当してもらえれば2000万円で収まりそうだ」
営業の発言
  「分かりました。よろしくお願いします」

 この例では、コストを削減するための具体的な方法がいくつか挙げられている。スコープのカット、作業の外注化、納品成果物の簡素化、顧客との役割分担の見直し。これら以外にも、設計やテストを自動化するツールを活用して効率化したり、ペアプログラミングやアジャイルなどの開発手法を用いて生産性を向上させることでコスト削減を図っているプロジェクトもあろう。コスト削減の方法は、各プロジェクトやその組織によって実にさまざまであり、そのケースに応じた方策を考えればよい。

 むしろここで重要なことは、

プロジェクトマネージャはコミットできない見積りのままプロジェクトを推進せず、あらゆる方策を施しコミットできる形にすること
である。

 上の例でいえば、矢見雲マネージャは、「2000万円で収まるかどうか分からんが、これでやってみるしかないな」といっているのに対して、出来杉マネージャは2000万円で収まるまで、いくつも方策を取っている点である。計画は、努力目標ではなくプロジェクトマネージャがコミットすべきものである。

 実際には、組織の方針、関係部署や上司の意向など諸事情により無理難題を要求され仕方なく進めてしまうプロジェクトマネージャも中にはいるかもしれない。しかし、無理をして進めた結果、予算を大幅に超過するようなことになれば、必ず顧客、もしくは自分の会社(受注側)や一緒に働くプロジェクトメンバーにも多大な迷惑を掛けることになる。

 もしコミットできない予算のままプロジェクトを進めようとしているならば、プロジェクトマネージャとしていま一度このことを自問してみる必要があるのではないか。プロジェクトの結果に責任を負うのはほかならぬわれわれプロジェクトマネージャであるのだから。

■進ちょくの遅れはコスト超過

 コストマネジメントは、精度の高いコスト見積もり同様に、プロジェクト期間を通じて予実を管理していくことが重要である。コストを変動させる要因には、要員の人件費、ハードウェア、ソフトウェアから要員のタクシー代や場合によってはプロジェクトスペースの賃料などの経費と、プロジェクトによってさまざまなものがある。しかし、メインとなる要因は人件費であろう。現在の体制ではリカバリーできない進ちょくの遅れや変更要件が発生した場合、要員を追加したいが追加すれば予算を超過してしまう。このような経験は多くのプロジェクトマネージャが経験しているのではないだろうか。

 以下のケースを例にコストコントロールの勘所を考えてみたい。

●想定ケース
・プロジェクトメンバーはAさん、Bさんの2人
・プロジェクト期間は2カ月。予算は400万円
・Aさん、Bさんの人件費は月100万円
・Aさん、Bさんとも1カ月に1本プログラムを担当し、プロジェクト全体では計4本仕上げる計画


図1 達成計画価値とコストの支出計画

 上の図は、コスト支出計画であり、達成計画価値をグラフ化したものである。達成計画価値とはここでいえば、プロジェクト予算が400万円でプログラムは4本であるから1本当たり100万円の価値と置き換えることができる。従って、予定どおりプロジェクトが進めば1カ月目では、2本のプログラムが終了しているはずなので、その時点での達成計画価値は200万円になる予定ということを意味している。

 1カ月目の時点でプロジェクトの進ちょく状況を見てみると、Aさんは予定していたプログラムを完了させたが、Bさんは半分しか終了していないことが分かった。この時点で、各数値は以下のようになる(図2を参照)。

実支出=200万(Aさん、Bさんの1カ月の人件費=100万円×2)
実達成価値=150万(Aさん1本(100万円)+Bさん0.5本(50万円))

図2 1カ月終了時点の進ちょく状況

 ここで2人のマネージャの対応方法を見てみることにしよう。

矢見雲マネージャの発言
  「コスト支出は予定どおりであるが、残念ながらこれまで進ちょくに遅れが見られる」
「Bさんは環境に慣れるの時間がかかり進ちょくが遅れていたが、そろそろ環境にも慣れてきたので生産性も上がるだろう」
「AさんにもBさんのフォローを頼んでなんとか当初の計画どおりに2人で4本を終わらせることができるのではないかと考えている」
「来月は残業と休日出勤を覚悟しておいてほしい。大丈夫、君たちならできる。じゃあ、よろしく頼むよ」

出来杉マネージャの発言
  「残念ながらこれまで進ちょくに遅れが見られる。このままいけば当初の納期である来月時点では、プログラム1本分が遅れてしまい、完了するまでにさらに1カ月納期遅延となり、完成時のコストも567万円になり予算超過に陥ることにもなる」(図3参照)


図3 このままでプロジェクトを進行した場合

「従って、Bさんの代わりに来月はベテランのCさん(単価月150万円、生産性は1.5倍)を投入することにしよう」
「これだと50万円のコスト超過は起こるが納期どおりに完了させることが可能である」(図4参照)


図4 Bさんの代わりにベテランのCさんを投入した場合


  実際のプロジェクトでは、人員交代によって引き継ぎや立ち上がりまでのラーニングカーブ、または交代要員を見つけるまでのリードタイムなども考慮する必要があり、このケースのように簡単にはいかない。しかし、ここでいいたいのは次の点である。

 まず、「進ちょくの遅れはコスト超過と同義であること」を認識する必要がある。上の例で矢見雲マネージャは、「実際のコスト支出は予定どおり」としているが、進ちょくの遅れが発生している以上、実質コスト超過を意味していることは図3からもお分かりいただけるであろう。加えて重要なことは「現時点での完了予測」をたてることである。ここでいう現時点での完了予測とは、これまでの進ちょくのままいくとどうなるのかということであり、将来のキャッチアップを見越したものでは決してない。

 そうすることで、図4のような策を講じることが可能となるのである。この意識がないと矢見雲マネージャのように「進ちょくの遅れをなんとか現行の体制とスケジュールで収めるることに注力しすぎてしまい、頑張った結果、結局間に合わず土壇場になっての要員追加やリスケジュールを強いられ、後手後手の対応を余儀なくされ、かえって傷口が広がってしまった」というよく聞かれる悲劇に陥る恐れがあることを心に留めておいてほしい。

 最後になるが、このケースで触れた進ちょくの達成度合いを金銭価値で置き換えて、実際のコストとともにその予実を一元的金銭価値で管理する考え方をEVM(アーンド・バリュー・マネジメント)という。近年、雑誌・書籍などでも広く紹介されており、PMBOKでも推奨されている。すでにご存じの読者も多いことと推察するが、インターネットで入手可能な情報から学ぶこともできるので、考え方程度はぜひとも押さえておきたい。

■今回のまとめ

・コストマネジメントとは、承認された予算内でプロジェクトを完了させること。
・精度の高い見積もりはプロジェクトの成功に直結する。そして精度の高い見積もりは、プロジェクト全体を見通すことで可能となる。
・プロジェクトマネージャはコミットできない見積もりのままプロジェクトを推進せず、あらゆる方策を施しコミットできる形にすること。
・進ちょくの遅れはコスト超過と同義と認識するとともに、現在までの進ちょくで進めた場合の完了までのコスト予測をたてて、最も合理的なアクションを取ること。

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